会見を拒否、そしてうつ病を告白した大坂選手(写真/Getty Images)© NEWSポストセブン 提供 会見を拒否、そしてうつ病を告白した大坂選手(写真/Getty Images)

 5月下旬に発表された2021年度版のスポーツ選手長者番付で年収約60億円と女子選手最高額となったのは、テニスの大坂なおみ選手だ。スポーツ選手全体でも世界で15位にランクインした彼女は、プレーヤーとしてはもちろんオピニオンリーダーとしても注目され、順風満帆に見えていたが、2018年の全米オープン優勝以後、じわじわと追い込まれていた──。

 すべてはこのSNS投稿から始まった。

《私はローランギャロス(全仏オープン)では記者会見を行わないことを表明します。アスリートの心の健康状態が無視されていると、記者会見を見たり、参加したりするたびに感じていました。何度も同じ質問をされたり、私たちが疑念を抱く質問を受けたりすることが多く、私は自分を疑うような人の前には出たくありません》

 現在、フランス・パリで行われているテニスの4大大会(グランドスラム)の1つ「全仏オープン」。その開幕前の5月27日、大坂なおみ選手(23才)が記者会見を拒否すると宣言したことが、世界中を巻き込む大騒動に発展している。

 SNSでの言葉通り、大坂選手は30日の1回戦での勝利後、記者会見場に姿を見せず、大会側は規定違反により165万円の罰金を科した。さらに4大大会の主催者は合同で声明文を出し、次のように警告した。

「このままメディアへの義務を無視し続けると、さらに違反につながる。違反を繰り返すと、大会からの追放、多額の罰金、4大大会への出場停止など、より厳しい制裁を受けることになる」

 大坂選手に対して理解を示す声がある一方、ノバク・ジョコビッチ選手(34才)や錦織圭選手(31才)らテニス界のスタープレーヤーたちからは疑問の声が上がった。これまで20年近くグランドスラムを取材してきたスポーツライターの山口奈緒美さんも、大坂選手のような「会見拒否」は過去に例がないと話す。

「負けたあと、会見をせずに帰ってしまったり、途中で退席した選手ならいくらでもいます。しかし、最初からやらないというのはおそらく初めてのケースです」

 過去にはセリーナ・ウィリアムズ選手(39才)が、記者からの質問を受けて涙ぐんで退出。ロジャー・フェデラー選手(39才)が「バカな質問をしないでくれ」と記者を一喝したこともあった。だが、これらの事件はあくまでも会見中の出来事。大会前から会見に参加しないと決めた選手はいなかった。

 あまりに事態が大きくなったため、大坂選手の姉で、この3月にプロテニスプレーヤーを引退したまりさんは、ソーシャルメディア『Reddit』に文章を投稿。

《彼女は自分の心を守っている。それが、彼女が『メンタルヘルスのために』と明かした理由です》と大坂選手を擁護。《私は妹の行動を全面的に支援します》と表明したが、この投稿はすぐに削除されてしまった。

「家族の“火消し”に効果はまったくありませんでした。鎮静化するどころか、日に日に騒動がエスカレートしていく様に驚き、お姉さんは投稿を消さざるを得なかったのでしょう」(テニス関係者)

うつ病を告白した本当の理由

 大坂選手の言動がスポーツ界だけでなく世界中から注目を浴びたのは、今回が初めてではない。人種差別抗議運動を象徴する「Black Lives Matter(BLM)」に強い姿勢を示したことがきっかけだった。

 昨年8月、米ウィスコンシン州で起きた警察官による黒人男性銃撃事件に抗議するため、大坂選手は出場予定だった「ウエスタン・アンド・サザン・オープン」の準決勝を棄権する意思を表明した。続く全米オープンでは、7名の犠牲者の名前を書いたマスクを毎試合着用したことでも話題を呼び、注目のなか見事に優勝を果たしている。

「一連の抗議活動の際、彼女は『私はアスリートである前に黒人女性』と発言。応援の声が上がる一方で、『スポーツに政治を持ち込むな』や『黒人なら日本人ではない』などの誹謗中傷もありました。

 日本からの差別的な声もあったが、彼女は毅然としていた。BLM以降は、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長(当時)の女性差別的な発言に関する質問などに対しても“無知から生じた発言だと思う”などと、はっきりと自分の考えを述べています」(山口さん)

 だが、彼女のこうした強気な言動は、繊細で内向的な自分を隠すためだったのかもしれない。5月31日、大坂選手は全仏オープンの2回戦の棄権を発表した。そして、自身のTwitterで一連の発言をこう弁明した。

《私は2018年の全米オープン以降、長い間うつ病に悩まされ、その対処に本当に苦労してきました。私は人前で話すのが得意ではなく、世界中のメディアに向かって話す前に大きな不安に襲われて緊張してしまいます。このパリの地で、すでに私は弱気になっており、不安を感じていたので自己管理をして記者会見を欠席したほうがよいと考えました》

 さらに、大会主催者に謝罪の手紙を書いたことも明かした。トップアスリートが一転、心の病を告白したことで、再び世間は揺れているが、なぜ彼女はあのような発言をしたのだろうか。

 山口さんが注目しているのは、5月が米国の「メンタルヘルス啓発月間」だったことだ。

「過去には雑誌『ELLE』でセレブが過去のうつ経験をカミングアウトしていて、大坂選手が大好きなビヨンセも自身のことを話しています。全仏前にナーバスになっているなか、なんらかのアクションを起こしたかったのかもしれません」(山口さん)

 いまでこそ、オピニオンリーダーとしての地位を確立し、女子アスリートとしては60億円という世界一の年収を誇るが、ここまでの道のりは険しかった。ハイチ系アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれた大坂選手は米国内でマイノリティーとして育ってきた。

「彼女がテニス選手として頭角を現してきた10代前半頃、インターネットでは『大坂はブラジアン』という書き込みがあふれていました。『ブラジアン』とは、ブラックとアジアンを合わせた差別用語。彼女はずっと『私は黒人で日本人』と言っていましたが、記者会見でも人種や国籍を問われることが多く、やがて『私は私……』と答えるようになっていました。

 テニス界は白人中心の世界ですから、彼女がトッププレーヤーでも誹謗中傷の的になり続けた」(別のテニス関係者)

 現在、インターネットのSNS上では、アスリートに向けた差別や誹謗中傷があふれている。欧米では社会問題となり、ついに4月30日から5月3日まで、欧州サッカー連盟などが旗振り役となり、他競技の組織や団体にSNSの利用を一時停止するよう呼びかけた。

「国際テニス連盟もこの動きに加わりました。目下、テニス界では大坂選手への誹謗中傷が最も目立っていますから、連盟も彼女のメンタルを守ろうとしていたとは言えます」(スポーツジャーナリスト)

 そんな彼女を支えているのが、恋人でラッパーのコーデー(23才)だ。

「彼と行動を共にするようになってから、大坂選手の言動はさらに強いものになっていきました。ただ、恋人でさえも、彼女の本当の不安を取り除くことはできなかったのでしょう」(前出・別のテニス関係者)

 大坂選手は今夏開催が予定されている東京五輪に日本代表選手として出場することが確実視されてきた。だが、今回の騒動で出場が危ぶまれ始めている。

「たとえ五輪が開催されてもいまの精神状態で試合をするのは難しいでしょう。2019年に日本国籍を選択したのは、東京五輪に出場するためです。本人は“絶対に出る”と意欲を見せているようですが……」(前出・別のテニス関係者)

 これまで大坂選手は、テニスコートで厳しい視線や声に耐えて戦い続けてきた。社会を変え得る力を持ったアスリートとして再び堂々とセンターコートに立ってほしい。

※女性セブン2021年6月17日号